種々の雑記

    

創作

    
#当該世界
ニアの誕生日短編『ghoti』について。いつもの解説的なもの。
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ニアは自分で語るより人に語られるひとなので、ハチ視点です。親友だ!

ニアは自分語りをしない主義。でも自分で自分の事を語らない訳ではない。
この主義の正確な所は、これから言う事は本当の事ですよ、真意ですよ、あるいは全部嘘ですよ、脚色ですよ、という前提を自ら語らないし、全てを受け手の解釈に任せます、というスタンスを指す。
なのでニアの言葉に意図や真意は、話者である以上存在はするものの、そんな事はどうでも良い!
受け手はニアの意図を度外視で好き勝手に彼女の語りを真意と信じても、嘘と断じても、存在しない行間を幻視しても良い。
この受け手の解釈という名目の無法地帯こそをニアは望んでいる。彼女にとっての語られる事とはこういう事で、こういうもので成り立っているのが悪魔のニア。
ニアという話者の意図は存在するだけで、語られる事はない。原則。

ニアは契約ないし約束を重んじる悪魔をやっているので、交渉次第で真意であることを前提に語らせることは可能。本人はこんな白けた事はそんなにやりたくないので、本当だけど芯は食っていない事を言いそうではある。

今回の語り手となったハチはニアと親友。
同時に、ニアハチはお互いに理解できない部分は本当に理解できない、と思っている。根っこに相互不理解な在り方が横たわっていて、それを良く認識している上での親友関係。萌えです。
でもニアを一番良く理解しているのはハチ。逆もまた然り。
ふたりともややこしい成り立ちと在り方をしているので、ややこしさに対する理解はあるのかも。
ハチから見たニアの解釈は、ニアの実像とそこまで違ってはいない。親友関係で対等な相手に見せる面においては、という留保は付く。

ニアの靴下を履いたまま海に入るシーンと最後の台詞は個人的に一番ニアの実像を感じて、好きです。そして恐らくハチも感じている部分でもあると思います。親友で対等で、相互不理解であることも理解している一番の理解者だからこそ見える気がする。

題名の『ghoti』は「フィッシュ」と読みます。英単語のfish。英語の黙字を皮肉ったジョークから引用。
存在するけれど発声されないスペルとニアの在り方はなんとなく重なる部分があるな~と思っての命名。
黙字は特定の発音規則を示唆する場合もありますが、ニアの言葉も同様に、無法地帯ではなく、特定の目的のために在ります。
ただし受け手にはそれを測れないように、彼女自身が工作してもいます。

最後に小ネタ。ハチ視点つながりで、今回の短編はハチの誕生日短編『21gと禁忌』の舞台の海に行くまでの話でもあります。
内容はそれぞれ独立しているのでどちらかを読んでいないと分からない!というのはないです。ガチの小ネタ。
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